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053 命婦のおもと

日時: 2011/09/20 03:42
名前: ****

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春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。
月のころはさらなり、闇もなほ。
蛍の多く飛びちがひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも をかし。
雨など降るも をかし。
秋は夕暮れ。
夕日のさして山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。
まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。
日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬はつとめて。
雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も白き灰がちになりてわろし。
--------------------(枕草子 第一段)

日本の学校へ通えば、誰もが一度は目にする「枕草子」の冒頭です。
枕草子といえば清少納言が書き綴ったいわばエッセイ集ですが、この枕草子の中に「名前を付けられた猫の日本史上最古の記録」があります。
その猫名前は「命婦のおもと」です。(「命婦/みょうぶ」)
「あれ?命婦のおとどじゃないの?」と思われた方は、日本の古典文学に通じている方か、結構な猫好きと思われます。
「命婦のおもと」も「命婦のおとど」もどちらも正解なのです。
これは、「枕草子」と言う本の「原本」は既に無く、いく種類かの「写本」が残されている事が原因です。
印刷技術など無かった時代ですから、人の手によって書き写されたものが「写本」です。
当然、書き間違いも有るでしょうし、意図的に修正・削除・追加などがされたのです。
現代語にすると「命婦さん」って感じですかね。
「命婦」とは女性の官職名のひとつで「おもと」は敬称です。
(「おもと/御許」「おとど/大殿・大臣」)

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うへに侍ふ御猫は、かうふり給はりて、命婦のおもととて、いとをかしければ、寵(かしづ)かせ給ふが、端に出でたるを、乳母の馬の命婦「あなまさなや、入り給へ」とよぶに、聞かで、日のさしあたりたるにうち眠りてゐたるを、おどすとて、「翁丸いづら、命婦のおもと食へ」といふに、まことかとて、しれもの走りかかりたれば、おびえ惑ひて、御簾の内に入りぬ。朝餉の間にうへはおはします。御覽じて、いみじう驚かせ給ふ。猫は御懷に入れさせ給ひて、男ども召せば、藏人忠隆まゐりたるに、「この翁丸打ち調じて、犬島につかはせ。只今」と仰せらるれば、集りて狩りさわぐ。馬の命婦もさいなみて、「乳母かへてん、いとうしろめたし」と仰せらるれば、かしこまりて、御前にも出でず。犬は狩り出でて、瀧口などして追ひつかはしつ。
「あはれ、いみじくゆるぎ歩きつるものを。三月三日に、頭の辨柳のかづらをせさせ、桃の花かざしにささせ、櫻腰にささせなどして、ありかせ給ひしをり、かかる目見んとは思ひかけけんや」とあはれがる。「御膳のをりは、必むかひさぶらふに、さうざうしくこそあれ」などいひて、三四日になりぬ。ひるつかた、犬のいみじく泣く聲のすれば、なにぞの犬の、かく久しくなくにかあらんと聞くに、よろづの犬ども走り騒ぎとぶらひに行く。
御厠人なるもの走り來て、「あないみじ、犬を藏人二人して打ちたまひ、死ぬべし。流させ給ひけるが歸りまゐりたるとて、調じ給ふ」といふ。心うのことや。翁丸なり。「忠隆實房なん打つ」といへば、制しに遣るほどに、辛うじてなき止みぬ。「死にければ門の外にひき棄てつ」といへば、あはれがりなどする夕つかた、いみじげに腫れ、あさましげなる犬のわびしげなるが、わななきありけば、「あはれ丸か、かかる犬やはこのごろは見ゆる」などいふに、翁丸と呼べど耳にも聞き入れず。
それぞといひ、あらずといひ、口々申せば、「右近ぞ見知りたる、呼べ」とて、下なるを「まづとみのこと」とて召せば參りたり。「これは翁丸か」と見せ給ふに、「似て侍れども、これはゆゆしげにこそ侍るめれ。また翁丸と呼べば、悦びてまうで來るものを、呼べど寄りこず、あらぬなめり。それは打ち殺して、棄て侍りぬとこそ申しつれ。さるものどもの二人して打たんには、生きなんや」と申せば、心うがらせ給ふ。
暗うなりて、物くはせたれど食はねば、あらぬものにいひなして止みぬる。つとめて、御梳櫛にまゐり、御手水まゐりて、御鏡もたせて御覽ずれば、侍ふに、犬の柱のもとについ居たるを、「あはれ昨日、翁丸をいみじう打ちしかな。死にけんこそ悲しけれ。何の身にかこのたびはなりぬらん。いかにわびしき心地しけん」とうちいふほどに、この寢たる犬ふるひわななきて、涙をただ落しにおとす。いとあさまし。さはこれ翁丸にこそありけれ。よべは隱れ忍びてあるなりけりと、あはれにて、をかしきことかぎりなし。御鏡をもうちおきて、「さは翁丸」といふに、ひれ伏していみじくなく。御前にもうち笑はせ給ふ。
人々まゐり集りて、右近内侍召して、かくなど仰せらるれば、笑ひののしるを、うへにも聞し召して、渡らせおはしまして、「あさましう犬などもかかる心あるものなりけり」と笑はせ給ふ。うへの女房たちなども來りまゐり集りて呼ぶにも、今ぞ立ちうごく。なほ顏など腫れためり。「物調ぜさせばや」といへば、「終にいひあらはしつる」など笑はせ給ふに、忠隆聞きて、臺盤所のかたより、「まことにや侍らん、かれ見侍らん」といひたれば、「あなゆゆし、さる者なし」といはすれば、「さりとも終に見つくる折もはべらん、さのみもえかくさせ給はじ」といふなり。さて後畏勘事許されて、もとのやうになりにき。猶あはれがられて、ふるひなき出でたりし程こそ、世に知らずをかしくあはれなりしか。人々にもいはれて泣きなどす。
--------------------(枕草子 三巻本第九段)

簡単に解説すると、
内裏の殿上の間に登れる五位の地位を当てられた「命婦のおもと」と名付けられた猫が、乳母が「中へ入りなさい」と言うのも聞かずに日向でゴロゴロしていたので、乳母は翁丸と言う犬に「命婦のおもとを食べてしまえ!」と言って驚かしました。
猫はびっくりして、走り回り、一条天皇の胸元へと逃げ込みました。
一条天皇は、「この犬は島流しだ!」と命じ、翁丸は島流しのされてしまいました。
ところが、三四日過ぎた頃、犬の鳴声が聞こえるので何事かと思えば、流刑の犬が帰って来たとして、ひどく叩かれました。
「翁丸」と呼びかけても返事をしないので、この犬は翁丸だと言う人も有れば、違うと言う人も居ました。
翌日、清少納言が「昨日は翁丸ひどく叩かれて死んでしまって可哀想だった。今度は何に生まれ変わるのだろうか。辛かったでしょうに。」と言うと、犬が涙をボロボロとコボシテ泣いていました。
やはり、翁丸なのだと「翁丸」と言う問いかけにひれ伏して返事をしたところ、その忠義に対して一条天皇の許しが出た。
っていうお話です。
猫の名前は出てくるけど、どちらかと言えば「忠犬翁丸」のお話ですね。

枕草子には、これ以外にも「猫」が登場する話があります。
あまり有名ではありませんが、猫好きの方は「猫雑学」として知っておくのも良いかもしれません。

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猫は、うへの限り黒くて、腹いと白き。
--------------------(枕草子 三巻本第五十二段)

と、とても短い文章なんですけどね。
現代文に直すと「猫は、背中が黒くて、腹が凄く白いヤツ♪」って感じでしょうか。
清少納言はこういった猫が好きだった様です。

話が逸れましたが、「命婦のおもと」なる猫は「枕草子」以外にも登場します。
藤原実資の日記「小右記」(天元元年(978)-長元5年(1032))です。
一条天皇が可愛がられた「命婦のおもと」と言う猫が出産した時には、人間と同じ様に左大臣 (藤原道長)右大臣(藤原顕光)まで参加して「産養(うぶやしな)い」を行い、乳母まで付けたという事です。
一条天皇の「猫好き」も相当なものだったようですね。
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